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NHKスペシャル 沢木耕太郎 推理ドキュメント運命の一枚

'13,2,3 放映 NHK総合

NHKスペシャル
「沢木耕太郎 推理ドキュメント運命の一枚~"戦場"写真 最大の謎に挑む~」

衝撃的でした。
これぞNHKスペシャル、といった作品。
今年に入ってのNHKスペシャルはスマッシュヒット連発ですな。
ダイオウイカ、ボクサー「マニー・パッキャオ」の密着、そしてキャパ。


戦場カメラマンといえばロバート・キャパ。ご存知の方は多いと思います。
私も大好きな人物で、「ちょっとピンぼけ」は10代の頃に夢中になって読ん
だものです。

このブログでも以前、「キャパの有名な写真「崩れ落ちる兵士」はやらせ?
=スペイン紙報道
」という記事を2009年7月にUPしたことがあります。
あまりに完璧なので、「キャパは撃たれることを予期して構えていた」など
とまで言われたこの写真にヤラセ疑惑があることを報道していました。

今回、作家の沢木耕太郎がこの疑惑を解明していくわけですが、尋常では無
い面白さ。勿論、ここで導き出された答えもあくまでも仮説の一つではある
のですが、感想としては、もうこれが真実なんだろうと信じざるを得ません。

衝撃の内容を中盤まで、ザッとですが書き起こしてご案内。




capa001_c.jpg


ロバート・キャパ。戦場カメラマンとして今なお伝説的な存在である。

「崩れ落ちる兵士」。戦場での死の瞬間を捉えたこの写真。
あまりに完璧すぎて、さまざまな憶測を呼んでいる。
撮影時、キャパは無名の22歳。初めての戦争取材だった。

その謎に光を当てる43枚の写真が近年公開された。「崩れ落ちる兵士」と
前後して撮影された写真だ。これらから最新技術による検証を重ね、一つの
答えを出すに至る。

兵士は死んでいない。撃たれてもいない。


まず最初に明らかになったのは撮影された場所。
南スペインのアンダルシア、エスぺホの丘。

43枚の写真から背景の山の稜線などを比較検討し、衛星データ、古地図など
も用いてCGにて当時の丘を再現する。
撮影場所や角度などの詳細が掴めてくる。

地元の老人の証言にて、エスぺホの丘が戦場になったことは事実だ。

43枚の写真では、男たちが丘の上で手を上げていたり、走っていたり、銃を
構えたり、塹壕を飛び越えたりしている。そのなかで突然、白シャツの民兵
が撃たれているあの写真。

戦争中を撮った写真とは思えないショットが多いのだ。

軍に勤める内線の歴史に詳しい専門家に話を聞いた。

当時使われていたスパニッシュモーゼルという古いライフル銃を実際に見せ
ながら語る専門家。
ボルトが実弾を撃てる状態になっていない写真が多い。すぐに発砲出来ない
状態の銃を構えている。
戦闘状態とは思えない。

さらに決定的な事実。

「崩れ落ちる兵士」の写真は1936,9,23に初掲載された。その日以前のエス
ペホでは戦闘は無かった。
キャパが撮ったのは演習中の写真だったのだ。

しかし、この写真は「崩れ落ちる兵士」とタイトルが付けられ、写真雑誌の
「ライフ」に大々的に掲載された。以来、キャパの予想を超えた大きな力を
持つことになる。

ファシズムと闘う英雄的な兵士の死に、多くの人が心を動かされた。
キャパはたった一枚の写真で時代の寵児となった。
しかし、キャパはこの写真について、多くを語ろうとはしなかった。
語れなかったのだ。


キャパは本名でない。本名エンドレ・フリードマン。ハンガリー系ユダヤ人。
キャパがドイツでカメラマンになろうとした19歳の時、ドイツではヒトラー
が政権を握った。
キャパは彼なりの方法でファシズムと闘おうとしていた。カメラ一つで。

キャパは、自分が正義と信じる共和国の為にも口をつぐむしかなかったのか
も知れない。

本当の戦場で撮った訳でもない一枚の写真で有名になった男が、誰にも言え
ない秘密を抱え重荷を背負った。
その結論を得て、キャパを巡る旅は終わる筈だった。


しかし、そこで一枚の写真から、別の可能性があることに気付く。
兵士が撃たれているか否かを越える衝撃的な問題をはらんでいた。

丘を駆け下りる一人の兵士を捉えた写真。だがその兵士の奥に隠れたもう一
人の兵士。それはあの「崩れ落ちる兵士」の白シャツの男だ。上下に激しく
ぶれている。

その写真の直前とされるショットでは、兵士たちが斜面を駆け下りている。

斜面を駆け下りる兵士たちを撮っているとき、一人が何らかの理由で体勢を
崩した。その瞬間が撮られたものではないか。

ここで一つの仮説が立てられる。

その写真の白シャツの男と、「崩れ落ちる兵士」の白シャツの男は同一人物
であろう。更に、この2枚の写真には地面から伸びた特徴的な草の茎が共に
移っていることから、同じ場所で撮られたことが推測出来る。

「崩れ落ちる兵士」の一瞬前に撮られた写真。

だが、続けて撮られたはずの写真の背景にある山の稜線が違っている。

どういうことなのか。

CGなどで綿密に調査すると、この2枚の写真から新事実が浮かび上がる。

その写真では、被写体までの距離はおよそ5m。
「崩れ落ちる兵士」からもカメラマンの位置を割り出すと、この2枚の写真
の撮影場所は1.2m離れていることが判明する。
手前を駆け下りる兵士が通り過ぎないと「崩れ落ちる兵士」は撮影出来ない。
手前にいる2人が駆け下りてカメラに写らなくなるまでの時間を計算すると
0.86秒。

一人のカメラマンが0.86秒の間に1.2m移動してもう一枚の写真を撮る。

当時のカメラではまず不可能だ。

2枚のうちの1枚は、キャパ以外の誰かが撮った。

「崩れ落ちる兵士」をキャパが撮った可能性は50%に過ぎないのだ。


当時、キャパと行動を共にしたカメラマン。それは女性だった。
ゲルダ・タロー。女性最初の戦場カメラマンでキャパの恋人でもあった。

彼女もユダヤ人であり、逃れて来たパリで二人は出会った。しかし、キャパ
は未だ安定した仕事がなかった。ゲルダは現状を脱するアイデアを思いつく。
恋人に「ロバート・キャパ」というアメリカ人カメラマンを演じさせ、より
よい仕事を得させようとさせた。移民の二人にはその方が都合が良かった。
2人は2台のカメラを手にスペインの戦場に向かったのだ。

「崩れ落ちる兵士」から10ヶ月後、ゲルダは単独でスペイン戦争最大の激戦
地にいた。そこで彼女は戦車に轢かれ、死亡する。26歳だった。

「崩れ落ちる兵士」がライフに掲載され、キャパが世界的に有名になる直前
のことだった。

「崩れ落ちる兵士」を撮ったのはキャパなのか、ゲルダなのか。


ゲルダが持っていたカメラはローライフレックス、キャパはライカ。
43枚中7枚は正方形のネガが残っており、ローライで撮られた、つまりゲル
ダが撮ったと判明している。
43枚中21枚はライカで撮られた。ネガが残っており、2:3の横長サイズだ
からだ。「崩れ落ちる兵士」はネガが失われているのでどちらか分からない。

オリジナルプリントに最も近いとされている写真から分析する。
地形データなどからCGで計算し、ローライのフレームを合わせると、充分に
撮影可能と分かる。

ライカではどうか。
上部、全体の5%がフレームに治まらない。ライカでは「崩れ落ちる兵士」
は撮れないのだ。


撮ったのはキャパではない。ゲルダが撮ったもので、しかもその写真が有名
になる直前、彼女はこの世を去るのだ。

そんな写真が伝説の一枚となった時、22歳の若者はどう生きることが出来た
のだろう。どう生きねばならなかったのか。
・・・・・・・





あえて、書き起こしはここまでにします。

これで終わったら、ショッキングなスクープネタの発表に留まってしまいま
す。キャパの名誉は地に落ちて、ニセモノ扱いになってしまうでしょう。

されど、さすが沢木耕太郎。取材対象を冷静に観察しながらも、情熱と愛情、
ダンディズムが溢れる沢木節が炸裂する以降の展開は感動もの。

勿論、キャパが果たしてどういう心情だったのか、誰にも分かりません。
しかし、キャパの伝記の訳者でもある沢木耕太郎が、誰よりもキャパを見つ
め、理解しようとした末に導き出された主観的な答えは説得力があり、優し
さと祈りを感じ、カメラマンとしての矜持を抱いた一人の男がとった行動に
思いを馳せることが出来ます。


番組は2月6日深夜にも再放送される予定。見逃した方は是非どうぞ。
また、このルポルタージュは『文藝春秋』2013年1月号に掲載されていた
そうで、2月16日に『キャパの十字架』として書籍化されるとのこと。
海外でも話題になりそうですけど、英訳したりしてるのかな?




テーマ:ドキュメンタリー - ジャンル:テレビ・ラジオ

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