佐野元春のザ・ソングライターズ ゲスト - スガシカオ(Vol.7・Vol.8)
「ソングライター=現代の詩人」
「ポップソングは時代の表現であり、時代を超えたポエトリー」
「テーマは歌詞。音楽における言葉が一体どのように生み出され、多くの人に届いて
いくのか。学生達と探求していきます」
そんな佐野元春の言葉で始まる「ザ・ソングライターズ」。四人目のゲストはスガシ
カオ。この人の曲をちゃんと聞いたことは無かったんですが、何か歌っているテーマ
が他の人とちょっと変わっているな、というイメージでした。今回の対談でもそんな
ところが話されてて、なかなか興味深かったです。いや、この番組おもしろいなー。
今回も抜粋ですが、書き起こしてみました。
佐野元春とスガシカオは1998年、ある雑誌対談で対面している。
根本的にスガさんのライティングというのは、まあポップソングと言えば I love you,
You love me に沿った曲を書いていればいい、という人もいるけれども・・・
ーラブソングを書きたくなかったんです。凄く書きたくなかった、最初の頃は。
アルバム10曲あって全部ラブソングだったりすると、この人どんだけラブソン
グなんだろ、って。どんだけ一日中ラブなんだろう、って思っちゃうんですよ。
確かに(笑)。
ー僕らの生活、円グラフにすると、ラブもあるけど、他の悩みもあったり、進路
のこととか、友達のこととか。その円グラフをそのままアルバムにしたかった。
ああ、なるほど。
スガさんがプロを目指して曲を書き始めたのは1996年、90年代中盤というとね、阪
神淡路大震災、地下鉄サリン事件ですね。あるいは猟奇的な事件がたくさんあって、
社会が不安を感じたころで、そうした時代背景が、ソングライティングになにか影響
したと思う?
ースゴいしますね。自分の身の回りとかでおきるニュースで言葉の重みがどんどん
変わっていくじゃないですか。例えば「ナイフ」という言葉を使ったとしても、
今まで別にそのままの言葉で皆の心の中にスッと入っていったけれど、酒鬼薔薇
事件をきっかけにナイフって違う意味を持って来たりしましたよね。そうすると
歌詞のなかで、「リンゴ・ジュース」という曲でナイフって言葉を使っただけで
発売中止になっちゃったりするぐらい、言葉の意味が変わっていっちゃう。だか
らそれは絶対に影響でますよね。
リーディングは「SWEET BABY」。
ーあまりいやらしくなかったですね。僕の伝えたい、性に踊らされているバカバカ
しさみたいなことが伝わって来た気がしました。
例えば「いいなり」「リンゴジュース」、僕がその詞の中で見るのは支配される側と
支配する側の、攻防戦というか、やりあいというか。
ー(笑)「いいなり」は特にそうですね。
ー僕には詞の書き方が二通りあって、こういうことが言いたい、と書くやり方と、
自分じゃ無い誰かに書かされているやり方と二つ、あるんです。
なるほど。
ーで、支配云々というのはあまり考えてないほうなんです。勝手に、もう誰かに書
かされていて完成した感じなんで。
確かにライティングしていると僕も経験あるんですが、自動書記というか・・・
ーなんかもう、そういうのって・・・
あります。あります。そうすると「いいなり」「リンゴジュース」というのは、客観
的に見ると支配する側と支配される側の攻防戦という風に僕なんか冷静に見てしまう
けれど、必ずしもそういうテーマで曲を書こうという訳ではなかった・・・・
ー「いいなり」は、完全に無意識で書いてます。で「リンゴジュース」は意図的に
書いてます。
ああ、そうなんですか。
ー「リンゴ・ジュース」はちょうど、日韓友好のナントカ年が始まる頃で、両国の
ギクシャク感とかを思いっきりストレートな主題じゃなく、書けないかなとスゴ
く思ってたんです。社会が急に友好だ友好だ、と言い始めて、そんなに人って変
われるのかな、って。表面的に変わっても絶対に何か、グズグズしたものが残る
だろうな、と思う気持ちをナイフに例えて書いてみたんです。
なるほど。面白いですね。
定型質問
好きな言葉。
ー未来。
嫌いな言葉。
ー嫌いな言葉は無い、ですね。
好きな映画。
ー「ゴッドファーザー」。
僕もファンです。どういったところが好きですか?
ー自分の歌詞でもそうなんですけど、とにかくリアリティを追求してるじゃないで
すか。圧倒されますよね。
スガ、創作ノートを持参。
そうすると、詞が思い浮かぶ、というのは必ずしもそばにノートが無い場合も多いで
しょ?そういう場合はどうしてるんですか?
ーICレコーダーに吹き込みます、生活するいろんな所にそれぞれ、置いてあるん
です。でも、意外に吹き込んでも聴かないんです。貯めるだけ貯めて、自分から
出るものがもったいないから録っているだけで、それを後で使うかっていうと、
めったに使わないですね。
ーいつ才能が涸れるか分からない、って恐怖が常にあるじゃないですか。明日、才
能が涸れるかもしれないから、涸れてない今日、貯めておこう、と録ってる。
安心できるんですね。使う、使わないに関わらず。
ーうん、そうですね。
そうすると、聴きたいのは創作のフローなんだけれど、最初にリズム、メロディーが
あるのか、言葉が先にあって、音楽的要素が追随するのか・・・
ー殆ど一番最後に言葉、ですね。8割以上、何を歌うかも決まっていない状態で、
1番、2番、でソロがあって、もう一回繰り返し、まで決めて、それから歌詞を
書く、最終的にどうしようかな、と歌詞を書く感じですね。
その創作フローというのはどうして選ばれたのかな?
ー制限がないと書けないんです。じゃあ自由に小説みたいに書いて下さい、て言わ
れると何にも書けない。だけどそこにビートがあって、自分の思いがあって、と
制限がいくつか付くと、よしじゃあこの言葉でどうだ、って書けるようになるん
です。
ああ、面白いね、とても面白いな。
影響を受けた文学作家として、村上春樹、鮎川信夫を挙げる。
ー鮎川信夫さんはこんなこと言うとぶっ倒されると思うんですけど、決して、歴代
の有名な詩人から比べると、決して才能豊かな詩人じゃないと思ってるんです。
だけど、そこからにじみ出る強さとか、自分の心を鍛え上げて書いた詩、という
のが凄く心を打つんです。
ー村上春樹さんはもう、子どもの頃から読んでたんで、言葉の師匠みたいなところ
があって、よくニュアンスとか似てますね、と言われるんですが、そら似てるわ
な、ともう開き直って答えてます。
一番最初に僕がスガさんの曲で感銘を受けたのが「黄金の月」なんですが、
ーありがとうございます。
印象的に使われている言葉の一つに「月」があるんですが、(かつての対談で)スガ
さんはこう答えました。「~夜が好きで、普通の人が太陽を希望の象徴としてみるよ
うに、自分は月が、世界の頂点にある」。それは今でも変わらないですか?
ー(照れて)それ大分気取ってますね(笑)。これ、佐野さん用の答えですよ。
え、僕用の?(笑)そうなんだ。
ーもう、だってこのとき舞い上がっちゃってて、あの、、、もう気取ってますね。
この答えは僕、ずっと印象的で覚えてたんですけど。
ーあの、太陽って、眩しすぎて見れなくないですか?歌詞の中に出て来たとしても、
太陽って実際に見れない。俺、実際に見たこと無いんだろ、と思っちゃうんです。
だけど月は明らかに自分の目で見ることが出来る。だからよりリアリティのある
ものとして捉えてるんです。
ーあと、これは音楽的な話になるんですけど、今までのJポップとかがあてて来た、
母音のあて方、強音のあて方が全然僕は違うんです。「黄金の月」とかでも顕著
に現れるんですけど、4ビートがあると、1、と2、の間の裏拍。に、一番強い
言葉を持ってくるんです。そうすると、音楽ってその裏拍でスイング感が決まる
んです。どれぐらい跳ねてるか、どれぐらいグルーブ感で音楽が揺れてるか、と
いうのがそこで決定して行くんです。1、2、3、4、で決定するんじゃ無くて、
1、タン(手拍子)、2、タン、3、タン、4、タン、ここ(手拍子)で決定するんで
すよ。そこに一番強い言葉をボーン、とあてることで、言葉の中に、その音楽が
持っているグルーブ感が発生する。裏が明確になる。それを凄い意識して作って
ます。従来の曲はワンツースリーフォーで、一番強い一番強い一番強い一番強い、
っていうのが日本の曲の殆どですけど、そのウラ、ウラを取るような、作り方を
意識してやっています。
ワークショップ。
渋谷のスクランブル交差点を撮った一枚の写真を基に詞を書く。学生全員の詞を佐野
とスガが目を通し、8人ほどピックアップし、佐野がリーディングした。
その後、スガの感想。
ーオリジナルティ溢れる詞が多くて。でもちょっと残念だな、と思うのは、この画
を見た時に都会での生き辛さとか、閉塞感とか、圧迫感とかそういうことを主題
にしちゃうと、この写真には勝てないかなって、いうのが僕の中にはあって。
だから僕はどっちかって言うと、読んだ時にその裏側とか、さらにその裏とか、
全然違うところから歌詞を書いている人の作品をピックアップしてみたんです。
そしてスガさんもこの写真を見て、詞を書いてくれました。タイトルは?
ー「ウソツキ」、にしました。では、いきます。
ー”この写真の中に ぼくがいます”
そう言ったら、君は探してくれるでしょうか?
”もう 探したよ”ってウソをついてもいいよ
ぼくも同じくらい ウソツキだから
場内拍手。
ーおなじ感じの人、いましたよね。なんか通じちゃってる感じ。
(先ほどの8人のなかに似ている詞があった。
「この写真の中にスガさんはいるのかな?
なんて探してみるけれど
そういう企画ではないらしい。
じゃあ友達はいないかな、って
もう一度渋谷を見下ろした」)
これは学生たちにした質問と同じですが、伝えたいポイントは?
ー自分が許されるか、許されないか、ってところで、一つ書きたいなと思ったんで
すね。で、相手に対するウソっていうのは、たぶん自分に対してのことで、自分
で許せてるか許せてないかってところが、多分、この詞の根幹にあると思うんで。
写真の中の人ゴミとか、交差点とかはただ一つのモチーフでしかなくて、そこを
通して、自分の寛容意識、にテーマをあてました。
学生からの質問。
学生A「スガさんは一度就職してからプロのシンガーソングライターになったとお聞
きしましたが、そのプロになる転機は何だったのでしょうか?」
ー佐野さんもそうですよね?
僕も働いてました。
ー佐野さんは転機あったんですか?
僕はね、広告の仕事をしていたんだけれども、自分で企画書を書いてアメリカに行く
機会があって、西海岸のFMステーションの取材をして、その時一人の黒人のDJが
こういったんです。僕はモトと言われてたんだけど、
「モト、君は本当はシンガーソングライターなんだろう?どうしてこんな仕事をして
いるんだ?今、君の年代で書いた曲を30歳になってから歌えるかい?」
その時僕は21歳ぐらいで、言われてみればそうだな、って。今、書いたこの曲は今
歌ってこそリアリティがあるんじゃないか、人々の心に響くんじゃないかって、そう
思って仕事を辞めて歌手になった。だから確実にあの黒人DJに会った経験が転機に
なりました。
ー・・・僕そんなにカッコ良くないんですよ。あの、実は転機とかないんですよ。
で、28歳ぐらいまで働いてて、でもやっぱり、このまま終わっていいのかな、
とはずっと心の中に引っかかってて、でも才能無いし、才能無くミュージシャン
やってるとひどい目に遭うじゃないですか。だから、そんなことまでしてなって
もしょうがないよな、って葛藤で何年か働いてて、でもある時突然、もう自信が
湧いて来たというか、わけ分かんないですけど「俺って結構天才じゃないか」み
たいな。4曲ぐらいしかまだ作ってないんですよ。それでも世界は俺を放っとか
ない、とか思っちゃって辞めちゃうんです。それで、デビューも決まって無い、
事務所も決まってない、業界のツテもない、何も無いのに、会社にはウソついて
辞めちゃって、それからデモテープとか作り始めてデビューまで漕ぎ着けるんで
すけど、結構一か八かで。でもやっぱり、ここでやんなきゃダメなんだろうな、
と何かで思ったんだと思います。だから分かりやすいきっかけとかは無いです。
学生B「私はスガさんの曲の魅力としてタイトルが面白いなと思ってまして、例えば
初めてthank you という曲を聴いた時、どんな明るい曲だと思ったら聴いてみ
てビックリして、タイトルはいつの段階で決まるのかなと興味があります」
面白い質問ですね。
ータイトル付けるのが一番苦手なんです。曲も全部挙がって、全部出来てるのに、
タイトルだけ決まんないって年がら年中あって。分かりやすくね、連呼する言葉
とかあったらそれにするんですけど、そういうのが無い時にはもう、どうしよう
も無いですね。あとアルバムのタイトルとかもスゴい決まんないんですよ。でも
考えてみたら、タイトルで一言でまとめられるんだったら、詩を書く意味ねえん
じゃねえかって、
その通り(笑)。それはそうです(笑)。
ー言い訳として自分に言ったりとかしてるんですけど(笑)。ずっと悩みますね…
考えがグルグル廻って考えすぎたタイトルになったりとか、恥ずかしいことにも
なるんですけど。
これまでに付けたタイトルで、これはもうバッチリだ、なんていうのはありますか?
ーないです。一番苦労したのは「八月のセレナーデ」という曲なんですけど、もう
ど~おにもならなくて。もう明日タイトル締め切りだよと言われて、これリリー
スいつだっけ、八月?じゃあもう八月のセレナーデでって(場内笑)
彼女が言った”thank you”という曲については?
ー”thank you”はもう、自信作ですから。あれはすぐに自然にパッ、と出来たんで。
すんなり付けましたね。
学生C「私はスガさんの詞の中で、カタカナがとても大事にされてるな、と思いまし
て、黄色いをキイロイと書いたりとか、言葉に対する文字の選択はどう考えて
いるのですか?」
ーカタカナを使うのは、「匂い消し」です。漢字は象形文字なので、僕らが経験し
ていることとか、生活の匂いとかが、全部漢字の中に付いてるんですね。ひらが
なも僕はそうだと思うんですけど、どうしてもその匂いと分けて使いたい場合、
カタカナに逃げるんです。そうするとその匂いがサッと消えるんです。だから、
よく見て頂くと分かると思うんですけど、カタカナになっているところは全部、
匂い消しです。
講義終了後。
ーなんかスゴい濃厚な時間だったですね~。普段、歌詞についてのことを話すと、
自分の作って来た歌詞に対する言い訳みたいに聞こえちゃうから、絶対話したく
ないと思ってて。でも今日はそういう会だから、思う存分話せて、自分で気が付
いたことも沢山あったし、聴いてる人たちもすごく真剣に聞いてくれて、うれし
かったです。書いたかいがあるな、と思いました。
ー今、日本の音楽業界って歌詞を軽んじてしまう傾向があるように僕は感じてて、
そんな中でこう、言葉ってものに、ガチで向かい合えて、本当に僕、今日来れて
良かったなって思いました。
次回のゲストは矢野顕子。これも面白そう。
●Vol.9 「矢野顕子・I」
9月 5日(土) 夜11時25分~11時55分 NHK教育
9月12日(土) 朝 5時00分~ 5時30分 BS2【再】
9月12日(土) 昼 0時00分~ 0時30分 NHK教育【再】
※中部ブロック別番組
●Vol.10 「矢野顕子・II」
9月12日(土) 夜11時25分~11時55分 NHK教育
9月19日(土) 朝 5時00分~ 5時30分 BS2【再】
9月19日(土) 昼 0時00分~ 0時30分 NHK教育【再】
※中部ブロック別番組
これまでのゲストの再放送も、以下のスケジュールで予定されています。
松本隆(Vol.5・Vol.6)
9月 6日(日) 夜 6時00分~6時29分 NHK教育(Vol.5)
9月 6日(日) 夜 6時29分~6時58分 NHK教育(Vol.6)
小田和正(Vol.1・Vol.2)
10月21日(水) 夜 8時00分~8時30分 BS2(Vol.1)
10月21日(水) 夜 8時30分~9時00分 BS2(Vol.2)
さだまさし(Vol.3・Vol.4)
10月28日(水) 夜 8時00分~8時30分 BS2(Vol.3)
10月28日(水) 夜 8時30分~9時00分 BS2(Vol.4)
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